本誌創刊号で特集したウユニ塩湖の北にそびえるトゥヌパ火山。遠くからでも目にすることができるウユニ塩湖のランドマークだ。このトゥヌパ火山には、「インカの道」と呼ばれるインカ帝国時代の街道が残っている。

画像: ウユニ塩湖のランドマーク、トゥヌパ火山。山の麓には「インカ道」が残っている。

ウユニ塩湖のランドマーク、トゥヌパ火山。山の麓には「インカ道」が残っている。

「インカの道」とは、インカ帝国が南米大陸に張り巡らしたとされる道路網だ。「インカの道」は、標高0メートルの海岸部と標高5000メートルのアンデス山脈に沿って整備され、北は現在のキト(エクアドル)付近から南は現在のサンチャアゴ(チリ)付近までを網の目のように結び、総延長は4万キロメートルにも及ぶ大規模なもの。
ちなみにクスコ王国9代目の皇帝、パチャクティが冬の都(避暑地)として建設したマチュ・ピチュにも、8本のインカ道が通じている。

インカの人々は、この道路により、キープと呼ばれる結び目で情報を伝える紐の束や、塩をはじめとする物資などの交流を行っていた。チャスキ(chasqui)と呼ばれる飛脚もおり、リレー方式で1日に250キロメートルも進むことが出来たとも言われている。また、道路沿いには多くの宿場も営まれていた。
道路網は帝国首都のクスコに通じるよう、よく整備されていたため、皮肉にも16世紀に来襲したスペイン人侵略者たちは、容易にクスコへ達することができたと言われている。

画像: インカワシ島には、サンゴ礁の化石の上にサボテンが生え、独特の奇妙な風景を作り出している。

インカワシ島には、サンゴ礁の化石の上にサボテンが生え、独特の奇妙な風景を作り出している。

そんなインカ時代の街道跡(=インカトレイル)は、現在でもアンデス山中のあちこちに残っており、僅かに残る石畳や石組みなどが当時の様子を偲ばせる。

 アンデス山中に張り巡らされたインカトレイルは、地理地形をよく考えてられており、自然に逆らわず、且つ移動に便利なように作られているので、現在でも地元の人達の生活道路(歩道)として使われている箇所もあるほどだ。実際、山を大きく迂回する現代の道を車で行くより、インカ道を歩いたほうが早く目的地に着く、などという話もよく聞かれる。

 なお、一般に「インカトレイル」と言うと、ペルーのクスコ郊外からマチュピチュ遺跡へ至る観光用に整備された約42㎞のトレッキングルートを指す。恐らく南米で最も入山者の多いトレッキングルートで、余りに人気が高いため、現在では入山許可制となっている。その入山許可は4~6ヶ月前に申し込まないと入手出来ないほど。

画像: ウユニ塩湖の中央に位置するインカ・ワシ島。この島の丘の上に、祭壇があるという。

ウユニ塩湖の中央に位置するインカ・ワシ島。この島の丘の上に、祭壇があるという。

ウユニ塩湖に残るインカトレイルとしては、トゥヌパ山の麓、ウユニ塩湖北岸の集落タウア村(Tahua)周辺に、短いインカ道が幾つか残っている。各々、最寄りの集落名を用い、チルギア(chilguilla)、アイケ(aique)、チリマ(chillima)、等と呼ばれている。
また、ウユニ塩湖周辺に今も残るインカ帝国の影響としては、ウユニ塩湖のほぼ中央にあるインカ・ワシ島、その山頂にも小さな祭壇が残っている。ここでは、インカ時代に太陽信仰の祭事を行われていたとも言われている。

このように、インカ帝国の名残も残るウユニ塩湖。トゥヌパ山の麓には、キヌア畑とキヌア栽培をする集落もあり、時間的に余裕があれば、ぜひ訪れてみたい。

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