かつて活気に溢れた場所も、時代の流れとともに姿を変える。人々が去り、記憶から忘れ去られようとする建物は儚くも美しく、見る者を惹きつける。建物としての機能を失っても、人々の記憶の片隅に刻み込まれているのが、廃墟の魅力とも言える。

近代化産業を支えた炭鉱都市
Gunkanjima
軍艦島〈日本〉

画像: 日本最古の鉄筋コンクリートアパート・30 号棟は140 戸。アパート群は一部を除き、当時のままの姿で残っている

日本最古の鉄筋コンクリートアパート・30 号棟は140 戸。アパート群は一部を除き、当時のままの姿で残っている

 世界遺産にも登録された代表的な廃墟といえば、長崎県にある軍艦島だろう。長崎港から南西におよそ19㎞の沖合に位置するこの島は、江戸時代後期に石炭が発見され、その後海底炭鉱の街として繁栄した。船に乗ると10分ほどで軍艦島が見えてくる。ぐるりと島を取り囲んだ堤防の奥に高くそびえ立つのは、日本初の鉄筋コンクリート造りの集合住宅だ。島全体のシルエットが軍艦・土佐に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになったという。島に上陸し、見学通路からより近くで集合住宅を見ると、規則的に並ぶ窓ガラスは割れ、外壁もボロボロと崩れ落ちている。1974年の炭鉱閉山以降、40年以上も手付かずの状態であることの証だ。最盛期には約5300人が暮らしていたが、今や人の気配はまったくない。しかし、この虚しさこそが、わずか7年で100万人以上の観光客を上陸させた軍艦島の魅力なのだ。

ACCESS
ながさき出島道路出口より、長崎港まで約1㎞。長崎港から軍艦島までは各上陸クルーズや周遊ツアー(約50 分)を利用。

巨大な海洋生物にも見える第二次世界大戦の遺物
Red Sands Sea Forts
レッド・サンズ要塞〈イギリス〉

画像: 戦時中は300 人ものイギリス海軍兵員が駐留。廃墟と化した後、海賊放送のラジオの放送塔として使用された

戦時中は300 人ものイギリス海軍兵員が駐留。廃墟と化した後、海賊放送のラジオの放送塔として使用された

 まるで海に仁王立ちする生き物のように、奇妙な形が印象的なレッド・サンズ要塞も興味深い廃墟だ。1942年、ドイツ軍からの防空防衛のためにテムズ川の河口に造られたトーチカ群で、通称“マンセル要塞”と呼ばれている。要塞は7つのタワーで構成されており、中央制御塔を囲む対空機関砲を備えた6つの哨戒塔は橋で結ばれている。海上にポツンと佇んでいる姿は、SFの世界に入り込んだかのような錯覚に陥る。

ACCESS
首都ロンドン郊外にあるチャーターボートが出発するテムズ川の乗船場から約30 分。

旧ソビエト連邦の権力を象徴した巨大建造物
Balgarska Komunisticheska Partiya Hole
ブルガリア共産党ホール〈ブルガリア〉

画像: 崩れ落ちた天井から差し込む光が美しい。壁画も剝がれ落ち、老朽化が進む

崩れ落ちた天井から差し込む光が美しい。壁画も剝がれ落ち、老朽化が進む

 ブルガリアにある共産党ホールの姿は、巨大なUFOが不時着したかのような異様さだ。1981年に旧ソ連の主導下にあった共産党が力を誇示するために造ったこの建物は、内部の壁に国を救った英雄がモザイクタイルで描かれている。広いホールの天井を見上げると、今にも崩れ落ちてきそうな共産党のマークがなんとも虚しい。

ACCESS
首都ソフィアにあるソフィア空港から列車を乗り継ぎ、最寄り駅のカザンラクまで約1 時間。そこからタクシーで約20 分。

 見た目は古びていても、どこかに魂が宿っているような存在感を持つ廃墟。その姿を間近で見れば、歴史の重みを感じることができるだろう。

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